私たちの園についてわがまち散策歴史とロマンを伝えるまち
   ■沢良宜(さわらぎ)城址
     
   茨木みのり幼稚園の南西約500m、佐和良義神社から西方の美沢ハイタウンのある地帯に沢良宜城がありました。
沢良宜城は足利時代初期の城館で応仁の乱(1467~1477年)に正東院(蓮華寺)の七堂伽藍の焼失の時かあるいはその少し早い時期、応永の乱(1399年)以降1400年代の早い時期に退転したと考えられています。
 
       
     室町幕府三代将軍足利義満(1368~1394年)は少年の義持に将軍職を譲って5年目にあたる応永6年(1399年)、競争相手にのし上がり、堺に進出してきた周防国の大内義弘を堺に攻めました。この時、沢良宜城主藤井三位は義持将軍より「御馬廻り免状」を頂いて家老職や郎党を従え出陣しました。お馬廻り衆とはいわば室町幕府直参の旗本で「応永記」には三千騎と記されています。
 沢良宜浜の高島家所蔵の「お馬廻り免状」は城主から受け継いだものと考えられています。
参考資料:茨木市教育委員会「わがまち茨木」(城郭編)